甲州パワースポット紀行2 乾徳山 恵林寺参拝

武田神社の次は甲州市にある恵林寺に行きました。山梨県は初めて行くとダイナミックな広さで高速道路みたいな無料の自動車専用道路がありレンタカーを借りてのドライブは最高でした。

乾徳山恵林寺は1330年開創の臨済宗のお寺です。夢想国師が開山しました。霊視してみたら夢想国師の姿はありませんが大きな姿の不動明王様が見えます。ここは布教の為というより多くの僧侶を育成する為の教育機関として開山されたようです。今で言うと地方の国立大学みたいな感じですね。不動明王様は魔を断ち切るのが得意なので人間関係で悪い因縁が切れなかったり長年不治の病に悩まされている方には特に参拝してもらいたいお寺です。この寺には戦国時代に悲しい歴史がありました。

恵林寺は武田家の菩提寺として保護され戦国時代に最盛期を迎えます。1582年武田家滅亡の当時の住職は快川紹喜国師です。武田晴信公(信玄)が美濃の国(岐阜県)から招き崇拝して指導を仰ぎました。「心頭滅却すれば火もまた涼し」の辞世で有名ですが後世の逸話のようです。こちらも当時の状況を霊視すると長篠の戦いで武田軍を破った織田信忠軍が甲斐本国に攻め込み寺の情勢は緊迫していたようです。寺にはかって織田軍に敵対して逃げ込んだ武将や僧侶がおり引き渡しを求められました。また逃げ込んで来る近隣の避難民を保護しながら寺で修業している僧たちの身の安全に心を砕いていた快川国師に辞世を読むような余裕は無かったようです。織田家と対立していたとはいえ 快川国師は美濃の国出身なので同郷の誼で織田家から逃亡している武将と寺の僧侶の身の安全を願い使者を立てて交渉しました。しかし長年武田家の菩提寺である事が仇となり交渉は拒否されて寺は総攻撃されてしまいます。快川国師始め寺にいた人々は無残にも多数殺されました。また寺は焼かれ乱取りという略奪を受けて財産も奪われています。総大将の織田信忠は父の信長同様キリシタンであり仏教をとても敵視していました。織田家は比叡山焼き討ちを始め伊勢長島一揆衆を皆殺しにし摂津の石山本願寺も攻め落とし多数の僧侶を殺しました。日本から仏教の絶滅を目指し邁進しています。その為天下取り一歩前で仏罰を受け家臣の明智光秀が謀反を起こし本能寺の変で織田信長と信忠親子は共に殺され現在も地獄に落ちています。

恵林寺には武田晴信公(信玄)の墓所がありました。後ろには武田家臣の供養塔もあります。霊視すると晴信公はこちらにいません前回のブログで書いたとおり晴信公は武田神社の神となっています。代わりに見えたのは武田家滅亡の時に天目山麓で自害した武田勝頼公、息子の信勝公、他には最後まで付き添い自害した一行です。勝頼公は私がこの寺を訪れるのを待っていたようです。母親方の祖母の家系が諏訪家に繋がっているらしく親しみがあるようです。勝頼公は亡くなるときに家臣の小山田信茂に裏切られ天目山で自害したので成仏していなかったのです。

武田勝頼公は武田晴信公が諏訪頼重を滅ぼし諏訪の地を手にしたときに側室とした諏訪御料人を母親として1546年に産まれました。諏訪御料人は大河ドラマでは美女として登場して有名ですね。霊視すると諏訪御料人は病弱だったようです。容姿は小柄な可愛らしい方で今の女優さんでいうと橋本環奈さんによく似ています。晴信公が好きになり夢中になってしまうのも理解できますね。個人的にはぜひ一度橋本環奈さんに大河ドラマで諏訪御料人の役をやってもらいたいです。勝頼公は肖像画が残っていますが母親似で細面のイケメンだったようです。

突然の事に驚きましたが勝頼公は恨みの念が強く血の繋がった身内の霊能者でないと成仏させられないと言うので境内で祈祷して成仏させました。戦の結果とはいえ長年続いた武田家を滅亡させてしまい信頼していた家臣達に裏切られ無念だったようです。最後まで成仏出来なかった武田勝頼公など16名の魂を成仏させて恵林寺の境内は一気に晴れやかになりました。戦国最強と謳われた武田家を短期間で滅亡させてしまったので後世の評判が悪い武田勝頼公ですがテレパシーで魂と通信した感想はとても革新的な考えで頭の切れる方です。当時家臣達の価値観が古い甲斐信濃ではなく開放的な価値観を持つ近畿や中国地方で大名になっていたら天下を取っていたかも知れませんね。

甲州市はブドウなどの果物がたくさん取れるいい土地です。次は秋に訪れて見たいと思います。皆さんもぜひ恵林寺に参拝して不動明王様のご加護で悪縁を断ち切りましょう。

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甲州パワースポット紀行1 武田神社参拝

先日母方のご先祖様の故郷である山梨を訪れました。母方のご先祖は三枝氏と申しまして元々貴族の出身で平安時代に京の都から使わされ甲斐の国に住んでいたようです。戦国時代の三枝一族は武田家と武田家滅亡後は徳川家に使えて活躍しました。

そのご縁もあり武田氏が本拠地にしていた躑躅が崎館跡にある武田神社にまず参拝しました。周囲には堀が巡らされておりいかにも城跡の風景です。

こちらの武田神社は大正8年に有志の方たちの努力で建てられました。早速参拝して霊視してみると凄いオーラが光っている武田信玄公が正装してこちらを見ています。

いきなり「遅い!」と叱られました。どうやら私が訪れるのを待っていてくれたようです。私も思わずご先祖みたいに「お館様すみません!」と心の中で謝りました。幼き頃に山梨出身の祖父や祖母から山梨の事や武田家の話は聞いていたのですがなかなかご縁が無く50年近く経ってやっとこちらを訪れたのです。

信玄公からいろいろ話を聞きました。

(信玄公は晴信と呼びなさいというので以下晴信様と呼びます。)

晴信様が生きた時代は戦国時代なので現代から見れば残酷な行いをしなければ生きていけませんでした。若い頃には粗暴で家臣や領民から嫌われていた実父の信虎公を今川家に追放しました。また政策の対立から反乱を起こした息子の義信様や腹心の飯富虎昌を死に追い込んだり佐久平での戦いでは相手の兵士を皆殺しにしたり残酷な事もかなりしなくてはいけなかったと言っていました。しかし幼き頃に不動明王様の化身として甲斐の民の為に働く事を誓った晴信様は心を鬼にして反対勢力と戦ったようです。

当時の武田家は家臣や国衆には気の荒い者が多く命令に納得いかなければすぐに反乱を起こすような不安定な情勢でした。甘い姿勢では甲斐、信濃を統治出来なかったと言っていました。武田晴信様はストイックな勉強家で孫子などの兵法だけでなく占いや仏教の教えもかなり学んでおり当時としてはインテリジェンスの高い武将だったようです。戦でたくさん人を殺し業も背負った晴信様でしたが甲斐と信濃の国における治水や金山開発、名産品の開発、商業の発展など政治に手腕を発揮して後世の人々まで幸せにした功績で甲斐、信濃地方(現在の山梨県、長野県)の守り神となって現在は人々の願いを叶えています。こちらの神社の御利益は特に仕事運や出世運です。また経営者や教師の方は指導力が向上します。

こちらの境内の中には武田統治時代から使われている「姫の井戸」があります。晴信様の娘が産まれたときに産湯に使われた事からこの名がついています。息子の勝頼様もこちらの井戸の水で茶の湯を楽しんでいたようです。この井戸を霊視すると大きな白蛇様がいて井戸を守っています。かっては武田家の財運をこの白蛇様が支えていたようです。私もこちらの井戸の水を汲み飲んでみましたがかなり金運が上がります。参拝後すぐに鑑定の依頼が殺到しました。皆様も参拝の際はこちらの井戸の水を授かる事をお勧めします。

晴信様に感謝して武田神社の参拝を終えるとこの日はとても暑いので神社前にある売店で休憩しました。こちらではきな粉と黒蜜が掛かった「信玄アイス」をいただきました。とても美味しかったです。

次は晴信様の菩提寺に参拝します。

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伊勢神宮参拝その2 (内宮編)

月夜見宮を出て次は内宮に向かいます。今回は一人旅なので三重交通の路線バスで内宮に向かいました。月夜見宮は伊勢市駅が近いので伊勢市駅前のバス停から内宮行きに向かいました。伊勢市駅から内宮まではバスで約20分ぐらい掛かりました。平日のせいか「おかげバス」という参拝客専用のバスは出ておらず路線バスで向かいました。この路線バスはなぜか本数が1時間4本と少なく参拝客だけでなく地元の乗客も多く外宮前の停留所からは身動きも出来ないぐらい満員で大混雑しました。途中皇學院高校、大学がありそちらの生徒さん達は参拝客をかき分けてやっと降りられるぐらいでした。あれだけ参拝客が多いのだから三重交通さんや観光協会の皆様には努力していただいて平日の夕方までぐらいは参拝客の内宮までの参拝専用のバスを運行すべきではないでしょうか?もし何人かで旅行している方はタクシー利用をお勧めします。とても混雑して疲れましたがいよいよ内宮に向かいます。

ここは大混雑していました。宇治橋を渡り少し境内を歩くと五十鈴川のお清め場があります。

こちらはとても気持ちのいい風が吹いていて癒されます。水も澄んでるので魚も見えます。大昔はこちらで身を清めて参拝したようなのですが現代では水は少し汚れているので川の水を直接触るのはお勧めできないです。さらに境内を歩くと左手に神楽殿がありさらに進むと正宮です。

こちらも鳥居の中からは撮影禁止です。正宮もかなり強い結界が張ってあるのは外宮と同じです。霊視してみると光輝く天照大神様が微笑んでおります。

以下は天照大神様のメッセージです。

「大和の民は外からの文化を吸収し外からの人々と和合してより発展して生きて行くのが正しい道である。」

「これからの時代異国の者が多数大和の国に入り定着するがその者たちは大和の文化に染まりより大和の国を発展させるであろう。」

「古くから住んでる大和の民は異国の者に嫉妬したり差別してはならない。大和の国はこれまでも異国の文化や宗教までも吸収して融合させて発展してきた。あなた達もそうありなさい。」という御神託がありました。

天照大神様に天孫降臨の謎も聞いて見ました。古事記や日本書記で語られている高天原とは霊界ではなくて他の星でありプレアデス星のようです。プレアデス星は高度に進化して魂の進化が停滞した為に地球に降り立ち国作りをしたとの事です。日本の国作りの前にはムー大陸で太陽信仰を指導していたようです。当時は宗教指導者からラ・ムーと呼ばれておりました。ムー大陸の最後については「ムーの記憶」という別の記事をご参照下さい。日本人とムーとは直接的な繋がりは無いものの魂のレベルでは過去世でムーの時代に暮らしていた人々が多数産まれているようです。

天照大神様にお別れして次は荒祭宮(あらまつりのみや)に参拝しました。

ここを参拝して霊視して驚きました。とてもパワーの強い怨念が集まって出来た黒い鬼が閉じ込められているのです。この怨念は過去の歴史で皇室にたいして恨みをいだき亡くなった怨念の魂を集め逆に神として祀っているのです。古代から日本は倒した敵の祟りを恐れて神として祀る習慣がありますがまさにそういう施設なのです。もちろん凄腕の陰陽師の仕掛けた強力な結界によりここから出られないし呪術によってネガティブなエネルギーは参拝した人々の役に立つように変えられていて興味深いです。こちらの荒祭宮に参拝すると逆境やどん底からのし上がるようなパワーが身に付くようです。読者の方にも現在厳しい環境で暮らしている方がいると思いますがぜひ荒祭宮に参拝して運気を変える事をお勧めします。伊勢神宮に参拝してから劇的に運気が上がって変わった方が多いのはこちらのパワーなのではないでしようか?

最後に風日折宮(かざひのみや)に参拝しました。途中に風日折宮橋を渡りますがこの橋の上はいい気が流れておりとても気持ちがいいです。

歓迎されていたのか神様のオーブが写りました。霊体が大きすぎて画面からはみ出していますが上の方に写っています。下には虹のような模様も写っています。

とても縁起のいい写真なので待ち受け画面にお使い下さい。

風日折宮には外宮と同じ神様が祀られている事になっていますが私が霊視した感じでは森の神様がおります。癒しパワーが強いのでとても健康にいいようです。疲れや病も癒しますがメンタルの病に特に強いらしいです。森の神様はトトロみたいなゆるキャラ的な可愛らしいお姿でした。

次は神様達に別れを告げておはらい町を散策しました。かなり歩いて疲れていたので赤福さんで休憩しました。

座敷に座りながら食べましたがとても美味しかったです。

今回は地元から仕事の依頼が多数来てしまい早めに戻る為に内宮の近くにある猿田彦神社には参拝出来ず割愛しました。次回はぜひ訪れて参拝してみたいと思います。

伊勢神宮はまさに聖地で日本人はぜひ一度訪れて日本古来の神様達と交流していただきたいと思います。私も帰ってから悪い生活習慣や無駄を改めるようになり仕事も益々増えてます。単にご利益を願うだけでなく日本の国作りをしていただいた神様達に感謝してよりいい日本の国を皆さんと一緒に作って行きましょう。

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伊勢神宮参拝その1 外宮~月夜見宮(つきよみのみや)編

先日伊勢神宮の神様に呼ばれて参拝しました。今まで不思議と何回計画しても諸事情で中止になっていたので長年の念願が叶いました。私が住んでいる栃木県中部から伊勢神宮はかなり遠いのでまず名古屋に宿泊して翌朝近鉄の特急でまず外宮の最寄り駅である伊勢市駅に向かいました。

近鉄特急に乗るのは17年ぶりです。特急列車の車内では近鉄名古屋駅の構内で購入した駅弁の天むす弁当を食べました。

天むすはもちろんですが惣菜も多くて美味しかったです。

まず近鉄伊勢市駅から10分ほど歩いて外宮を参拝しました。伊勢神宮は外宮から内宮と参拝するのが古来からのしきたりです。

外宮は平日で遷宮も終わり落ち着いていたのか参拝客は予想より少なめでした。

素敵な参道を抜けるといよいよ外宮の正宮です。外宮の周囲には皇室に仕えていた陰陽師集団が張り巡らせた強力な結界がありました。ご神域を荒らす邪気や悪霊の侵入を防いでいます。あと普通の神社だと狐様、天狗様、白蛇様、龍神様などの眷属がご神域を守っていますがここで眷属は不在で神格を持っている神霊が200体ぐらい活動していてご神域を守り見張っています。私も霊視してみましたがこれらの神霊達に警戒されて短時間しか視れず外宮の全てを霊視するのは難しいです。

この鳥居より中は撮影禁止です。外宮は女性神の豐受大御神様を祀っているとの事でしたが私が霊視すると稲穂を持った霊体の大きな男性の神様がニコニコ笑っていました。もちろん古代の神様なのですがどう見ても大国主命(オオクニヌシノミコト)様ですよね?あれ?大国主命様って出雲大社の神様ですよね?

以下の記事はあくまでも私の独断と偏見でこの神様と霊視したり霊聴したお話です。

この神様に聞いてみたら大和族に稲作のノウハウを伝えたのは出雲族らしいのです。当時大和族は稲作、雑穀、野菜の栽培を初めていましたが当時の近畿地方は痩せた土地で収穫は伸びず田畑を広げようにも森や林を切り開くいい道具がなく大変困っていました。しかし出雲族はとても手先が器用でアイデアに富み既に木を切り開き雑草を狩り土を耕すいい道具や機械を既に開発していました。また優れた鉄窯や調理道具も開発していました。大和族はこれらを提供してもらえる事で米、雑穀、野菜の収穫は大幅に伸び飢饉から逃れるようになり調理道具も充実してより美味しい料理を作れるようになりました。それに感謝して建てられたのが伊勢神宮の外宮なのです。大国主命様はこちらでは主に食の神として働いています。出雲大社では縁結びの神としての働きが中心です。

こちらを参拝するときは神様には願い事はせず毎日飢える事無なく食事出来ることに感謝しましょう。こちらの神様のご神体は大きくて霊力も強いので気に入られると一生食べる事に困らないようです。似たような働きをする稲荷様は農作物を良く実らせたり直接食べ物を運んでくれますがこちらの神様の場合は安定した職に恵まれたり定期的に収入や仕事が入るようになるそうです。今でもこの外宮では宮司が毎朝木を擦って火を起こし炊飯してこの神様に捧げています。

次は豊受大御神荒御魂様を祀っている多賀宮に参拝しました。

こちらにこそ美しい古代の女性のお姿で豊受大御神様がおられました。

話を聞いたら大国主命様に遠慮して小さな多賀宮で参拝客の願いを聞き働いているようです。こちらも食事に関わる全ての神様なので農業、漁業、仲卸業者の方や料理人や食品に関わる方達にはぜひ参拝して欲しいですね。経済的に繁栄するだけでなくおいしく料理を作ったり加工するアイディアも与えてくれるようです。こちらの神様は最近の日本の食は乱れているとお嘆きで美食だけでなく健康にいい食事を日本人が取り戻すように日夜働いています。

次に土宮を参拝しました。大土乃御祖神(オオツチノミオヤノカミ)様を祀っています。元々は末社でしたが平安時代末期に別宮に昇格しました。霊視した感じでは神霊というよりは土を守る特殊な自然霊を祀っているようです。土を掘り起こす農業、建築業、土木関係のお仕事をされている方はぜひ参拝すると作業が順調に進み事故から守られます。こちらのお宮の写真は団体客に囲まれてしまったので割愛しました。

さらに風宮を参拝しました。

こちらは級長津彦命(シナツヒコノミコト)、級長戸辺命(シナトベノミコト)様を祀っております。土宮と同じく元々は末社でしたが鎌倉時代末期の元寇の折にこちらの風社と内宮にある風日折宮で祈願して神風を吹かせて撃退した功績で風宮として別宮に昇格しました。霊視するとこちらは自然霊ではなく双子の神霊でした。聞いてみると伊弉諾命(イザナギノミコト)の右手から生まれたのが男性神の級長津彦命で伊邪那美命(イザナミノミコト)の左手から生まれたのが女性神の級長戸辺命ということです。兄弟の神様が同じ宮に祀られている珍しいケースです。もちろんこちらの二体の神様はとても仲がいいです。風を操ったり吹かす事の出来る神様なので海に関わるお仕事の方、航空関係、防災に関わる消防関係の方には特に御利益があります。また双子の神様なので双子の兄弟のいる方はより仲良くなるのでぜひ訪れて祈願してみて下さい。

外宮には勾玉の形をした素敵な池があり菖蒲が咲いていました。暑い中歩き回ったのでこちらの畔で休憩しました。

ほとんどの参拝客は外宮の参拝を終えるとバスで内宮に向かいますがせっかくなので外宮から15分ほど歩いて月夜見宮に参拝しました。

こちらは天照大神様の弟神である月夜見尊、月夜見尊荒御魂を祀っています。

月夜見尊様は古事記や日本書記でもあまり登場しませんが参拝して交流して見ました。

こちらにはダイレクトに月のパワーが降り注いでいました。参拝で手を合わせただけで身体が揺れるぐらい強いエネルギーを感じます。外宮の本宮より受けるエネルギーは強くまさにパワースポットです。満月の光は浄化力が強いですがその10倍ぐらいの強さです。こちらに祀られている月夜見尊様はとても静かで穏やかな神様です。こちらに参拝すると癒しパワーを得て争い事から逃れられるそうです。分かりやすく言うと争い事のターゲットになりにくいので現在裁判中の方とか人間関係に悩んでいる方にオススメのスポットです。このお宮の隣には産婦人科医院がありました。赤ちゃんは月のパワーを受けて産まれてくるので納得ですね。

月夜見尊様にお別れして次はいよいよ内宮へ移動してお参りします。次の内宮編をご期待下さい。

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穴守稲荷神社参拝

久しぶりにblogを更新いたします。読者の皆様よろしくお願いいたします。

先日首都圏で鑑定依頼が複数あり出張鑑定するために鉄道で移動していたところ乗る鉄道を間違えてしまい不思議な事に穴守稲荷駅に運ばれてしまいました。

ちょうど翌日友人とパワースポット巡りをする計画を立てていたのでご縁だと思いこちらの穴守稲荷神社様に参拝しました。

こちらの穴守稲荷神社は江戸時代の1804年に新田開墾したものの海が荒波で堤防が破壊される被害を受けて新田開墾を行っていた地元の名士鈴木家の庭に祀られていた稲荷大明神様を堤防の上に移転し祀ったところ海は鎮まりそれから荒波による被害はなくなり豊作になりました。これにより穴守稲荷と呼ばれるようになります。このような不思議なご利益によりまず地元の人々の信仰を集めて明治時代には一度は暴風雨により破壊されますが1886年に人々の寄進により再建されます。やがて京急電鉄が参拝客の為の路線を引き周辺には温泉や飲食店が立ち並び繁栄します。その後昭和20年の終戦まで日本だけでなく海外からも参拝客が集まるほど崇拝を集めますが終戦後のGHQによる用地の強制取得により現在の地に移転しています。ちなみにこの際に門前の赤鳥居を撤去しようとすると事故が起きて作業員に死傷者が出て撤去出来ずその後何回も撤去しようとすると工事関係者に不幸が続き祟りを恐れて1990年代まで残り続けたのは有名な話ですね。

拝殿で参拝して霊視すると細身の美しい女性の姿で稲荷大明神様が現れました。茨城の笠間稲荷神社の稲荷大明神様は宇宙服の男性でしたがこちらは白い着物を着たとても美しい女性の姿なのです。由緒書では豊受大神様を祀っている事になっていますが実際には稲荷大明神であるウカノタマノミコト様がこちらにはおられます。以前のblogの記事で書いたとおり稲荷大明神様は古代に宇宙から降臨したシリウス星人です。 メッセージを聞くと近年人々の稲荷信仰が薄れ参拝客が減りとても嘆いていました。江戸時代~昭和初期のように多数の人々に参拝してもらい願いを叶えて働きたいとの事でした。それで私を呼んでblogなどで紹介してもらいたいようです。

拝殿脇の多数の鳥居をくぐると奥社があります。

この奥社の中は残念ながら整理整頓されておらず各家庭で不要になりこちらに納められたと思われる小さな鳥居が無造作に詰め込まれており汚い状態です。もちろんここには神様の波動は感じませんでした。この裏にある御嶽山から移転して祀られてる末社や鳥居脇の稲荷の祠も神様の波動を感じず空っぽでした。この場所は今後改修工事の予定があるから放置してあるのでしょうが神職の皆様にはせめて汚い小鳥居だけでも処分して欲しいと思いました。末社の神々が不在なのは奥社の汚い状態が原因です。またこの奥社の下の箱に参拝客に神砂(あなもりの砂)を配っています。こちらも江戸時代の漁師さんに不思議な現象が起きたエピソードからご神砂を配っているようです。銭洗いをしている神社はよくありますがご神砂を配っている神社は珍しいですね。早速私もお賽銭を上げていただいてきて自宅の玄関、土地、ベランダに撒きました。

よくお清めで粗塩を使いますが実は土や砂の方が土地のパワーをダイレクトに吸っているので強力です。羽田近辺は元々埋め立て地で海のパワーの強い土地なのでこの神砂は貴重ですね。読者の皆様にもおすすめです。

帰る前に社務所に立ち寄ったら奥之宮の改修工事にともなう募金を募集していました。一口5千円からですが飛行機とお社が刺繍された素敵な御朱印帳がいただけます。せっかくなので御朱印もいただきました。

現在では参拝客は減りましたがこちらの稲荷大明神様は庶民を救う為に働きたくてウズウズしています。ぜひ皆様も参拝して気軽に祈願してみて下さいね。元々五穀豊穣の神様ですが物や財で人間を豊かにしてくれますよ。

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正しいお寺での参拝法

神社での正しい祈願法を書いたら「お寺ではどう参拝したらいいのですか?」と質問されたので今回はお寺での参拝法を書いてみます。
私は過去世の古代インド時代にアショカーとして産まれ王家から出家して修行僧になった経験もあるので詳細に解説します。
歴史的な流れをまず解説します。
日本の仏教は飛鳥時代に大陸との交流で伝来しました。
当時は物部氏を代表する古い考えの勢力は土着の神や日本神道を重視し外来の宗教である仏教の導入に反対しました。
しかし聖武天皇や聖徳太子の活躍で仏教は日本に定着しました。

スピリチュアル的な話をすると実は日本に仏教を定着させたのは天照大御神様を中心とした日本神道の神々です。
これらの神々は国つくりの神であり一般庶民への体系的な救済の教えは地上に伝えていません。
日本神道の神々は最初から他の宇宙から降臨した進化した魂であり地上に住む未熟な魂の気持ちが分かりにくかったのです。
やがて日本国(大和の国)で庶民が日常生活に悩み苦しむ姿を見て日本の神々はインドの宗教である仏教を取り入れる事を決めました。
偉大な釈尊が体系的に魂を段階的に進化させる道を説き庶民の生きる苦しみを救う教えがある仏教は日本国では足りない信仰でありこれを取り入れる事を決めたのでした。
日本神道の祝詞を研究すると分かりますが絶対的な力があり読めば言魂となり天から天下るような高貴で力のあるものです。
日本神道の神々には迷いのかけらもありません。
逆に仏教はお経を読むと分かりますが釈尊が生きることに苦しみあらゆる苦行を経ても悟れず煩悩の苦しみを突き抜けて悟りの境地を得ておりほとんどが弟子との問答集となっております。
仏教には日本神道が全く目を向けなかった日常生活に悩み苦しむ庶民を救う教えがたくさん散りばめられているのです。

元々神社仏閣は江戸時代まではセットで祀られている事が多かったのですが天皇家の神格化による国民の支配を目的にした明治政府の廃仏毀釈により全国の神社と共に祀られていた寺の大半は壊されたり移転を余儀なくされました。
また江戸時代前期に爆発的に増えたキリスト教信者により発生した「天草四郎の乱」での幕府軍の大苦戦は幕府の支配を揺るがし江戸幕府は身分制度の維持に都合の悪いキリスト教を徹底的に弾圧しました。
(キリスト教の詳細な解説はまた別の記事で書きます)
全国で隠れキリシタン(キリスト教徒)への厳しい摘発の中で監視を強化する隣組や檀家制度が奨励され現在では大半の日本の家は仏教の檀家になっております。
もちろん当時は関西などでは神葬祭も盛んでしたが江戸幕府前期の中枢にいた天海僧正や芝の増上寺が徳川将軍の菩提寺であった為に仏教界の政治力が強くなり約300年の江戸幕府の支配により日本の仏教は政治と結びつき形骸化し次第に葬式仏教になっていきます。
ちなみにお寺の本来の役割は僧侶が修行して学んだ仏の教えを一般の庶民に法施し現世での悩み苦しみから救うために存在しています。
一般の民衆はこの有難い教えを受けて救われお布施によって僧侶にお礼をして徳を積むのが本来の姿です。
また空海禅師が伝え現在でも高野山にて教えが守られている密教については本来修行で身に付けた法力を生かし加持祈祷や呪術により庶民を救済するのが密教の僧の務めです。
残念ながら現代では釈迦が予言した通り仏教の教えが正しく伝わらなくなる末法の世であり本来革新派であったはずの日蓮宗でさえも葬式仏教に転落し形骸化しています。
また末法の世にはニセ釈迦が流行ると言った予言も現実になっております。
特定の団体名は伏せますが釈迦の生まれ変わりを名乗る新宗教の教祖が現世に現れて信じる人々を次々と惑わせお布施と称し大金を貪り巨大な伽藍を建設し色欲に溺れ正妻を追放して愛人と暮らすなどおよそ仏教とは真逆の指導者が勢力を拡大しています。
また旧仏教勢力の一部の僧侶でも悩み苦しむ庶民への救済より高額な戒名を取り本来質素であった仏教葬儀を高額にビジネス化するだけでなく多角化経営で暴利を貪り高級車を乗り回し高級クラブやお茶屋遊びで豪遊し色欲に溺れおよそ僧侶とは思えない人物も高僧と崇められております。
このように現代では形骸化して堕落した仏教指導者や僧侶が増えましたが霊界で大衆救済を目指している菩薩様や如来様の心はまだ折れていません。
彼らの大きな特徴はあらゆる宗教の神々より慈悲深く心が広いのです。

さて本来の主題である「寺での正しい参拝法」は神社とは全く異なります。
手水の作法は一緒ですので前回のブログを参考にして身を清めます。
お寺では手を叩きません。
とにかく一礼し合掌して御仏と一体になり語り掛けましょう。
そのお寺に祀られている菩薩あるいは如来様に自分が抱えている悩みや苦しみを正直にさらけ出しぶつけましょう。
菩薩様や如来様はあなたの苦しみや悩みをすべて聞いて受け止めてくれます。

本来はその寺の僧侶があなたの悩みを聞かねばいけませんが僧侶が不在な寺も多いので菩薩様や如来様にすべて打ち明けます。
また菩薩様や如来様は一つの魂で多数の事を同時に認識出来るような高度な意識を待っています。
例え同じ日に何万人参拝者があってもあなたの悩みを全て把握して聞いています。
そしてその問題が本人に必要なのか緊急に救うべきなのか瞬時に判断し慈悲の心で救うべく手配してくれます。
この世の成功者にお墓参りを熱心にしている習慣の方が多いのはご先祖の力だけでなくこうした菩薩様や如来様が悩みや苦しみを慈悲深く聞いて陰ながら助けているからなのです。

したがって菩提寺以外の寺でも積極的に参拝し心の悩みや苦しみを全て菩薩様や如来様に晒して恥ずかしがらず御仏の助けを請いましょう。
キリスト教でも「信じるものは救われる」と説きましたが仏教でも全く同じです。
あなたの苦しみ悩みは全てお寺で打ち明けましょう。
まもなく目に見えない御仏の力が働いてあなたの身辺に奇跡が起こるでしょう。
お寺での参拝は現代では廃れましたが庶民が奇跡的に救われる手段なのは変わらないのです。

正しい神社での祈願法

先日神様から通信があり人々が神社で参拝した際に誤った祈願をしているから正しく伝えて欲しいとの事でした。
各神社での細かい祈祷の作法などは神職の皆様にお任せしますが今回の記事では最低限の神社での祈願法をまとめましたのでお伝えします。
まず参拝する時間帯は午前中がベストでもし午後になっても日差しの明るい内に参拝しましょう。
特に夜は神社にも悪霊が集まって来ますのでかえって運気を落とされてしまいます。
夏や秋は夜にライトアップしている神社もありますが観光だけにして参拝は控えましょう。
また服装はなるべく正装が好ましいです。
清潔感があって胸元や足をたくさん露出していなければカジュアルな服装でも神様は問題ないようです。

(1)神域でのマナー
神社によって鳥居が無い場合もありますが一般的に一番外側の鳥居から入った境内はもう神域です。
鳥居をくぐったら会釈して神域に入りましょう。
もちろん神域では飲食禁止です。神社が指定した場所以外でゴミを捨てるのも厳禁。
(2)手水での作法
手水では手や口を清めて下界の穢れを落としてから拝殿に向かい参拝しましょう。
柄杓には直接口を付けないのが作法です。
観光地にある神社では特にマナーが悪いですね。
手水舎を水飲み場と間違えているのか水を柄杓でガブガブ飲んだりうがいしたり痰を吐いたり最近は酷い態度の参拝者がいて目に余ります。
何も知らない外国人観光客ならともかく日本人の方は厳しく神様は見ているのでご注意!

手水での清めの手順
①まず右手で柄杓に水を汲み左手を洗います。
②次に左手に柄杓を持ち替えて水を汲み右手を洗います。
③また右手に柄杓を持ち替えて水を汲み左手の指と裏を少し曲げて器にして少し水を注ぎ口を濯ぎます。
④最後に柄杓を立てて残った水で柄杓の柄を洗います。
(3)参拝
祈祷を受ける場合はここで申し込みます。
祈祷を受けないで参拝する場合は寄り道しないで真っ直ぐ拝殿に出向き参拝します。
また拝殿に向かうときは右か左に寄って歩きなるべく中心を避けて歩きます。
中心は神様の通り道なので避けるのがマナーです。
なお境内の隅によく祀られている末社は時間的に余裕があれば参拝します。
由緒書きと違う霊格の高い霊がいたりしますので味方になると頼もしいですよ。
末社には稲荷神社以外は地元の武士や元神主、元巫女さんの霊などが宿り神社を守っているケースが多いのです。
一般の伊勢神宮系(大和民族系)の神社では二拝二拍手一拝が礼儀ですが出雲系の神社では二拝四拍手一拝です。
以前のブログでも書いていますが出雲族の人々は元々は違う古代ユダヤの部族でしたので神様への参拝法も違うのです。
もちろん表記されているので間違えないようにしましょう。

(4)正しい祈願法
よく神社で熱心にお願い事をしている人がいますがこれは間違いです。
「いつも神社で熱心に参拝しているのになかなか願い事が叶わない」とよく聞きますがそれは間違った祈願をしているのです。
神社での祈願とは人間の念力が増幅する装置のようなものです。
したがって「病が治りますように」とか「○○さんと結婚できますように」や「お金が入りますように」などと神社で祈願すると叶えられていない状態の恐怖感の念が増幅されて未来の現実でさらに強く叶えられてしまいます。
またあまりにも祈願の内容を特定し過ぎていて神様にお任せする要素がない場合も本人の為にならないのでその祈願はスルーされてしまいます。
正しい参拝法のコツは自分が叶えられたい状態を神様に感謝して参拝するのです。
また具体的に願うのでなく細かい事は神様にお任せして祈願します。
正しい参拝での祈願の一例です。
「私の病が治癒されて身体が健康になりました」
「ありがとうございます」
「私に相応しい相手と良縁に恵まれ結婚しました」
「ありがとうございます」
「豊かに家族が暮らしていける年収を得られました」
「ありがとうございます」
「私に相応しい大学に合格出来ました」
「ありがとうございます」
「私の能力に適した職場に勤められました」
「ありがとうございます」
このように明るい未来の過去形で神様に感謝するのが正しい参拝法なのです。
実は神様の世界と人間の世界には未来の時間に微妙なタイムラグがあります。
人間の世界の方が未来が現実になるスピードが遅いので自分が叶えたい未来の姿を前もってイメージし神様に伝えるとタイミングよく自分の未来の姿に反映されます。
今のあなたの姿は少し前に自分がイメージしていた世界が現実になったものです。
もし不幸や苦しい現実があるとしたらそれはあなたが少し前に心の中で強くイメージしていたネガティブな思考や恐怖感が原因です。
もし意識していなければ潜在意識にある前世のトラウマかも知れません。
それでも正しく念じ続ければ明るい幸せな未来の姿に変更可能なのです。

未来とは確定していないがいくつもの可能性があるパラレルワールドなので幾通りも未来の自分は存在しています。
そのどれを選ぶかは本人に委ねられていますが神社参拝はそれを大きく幸せな未来に変更出来る素晴らしいチャンスなのです。
したがってどんなに現実は苦しくても悲惨な状況でも参拝するときは既に願いが叶って感謝しているポジティブなイメージが大切なのです。
例えば縁結びなら相手とまだ出会っていなくても構いません。
就職活動されている方は就職先の企業が決まっていなくても構いません。
医学的には治癒しないはずの病をもっていても構いません。
こうした自分が叶えたい事が既に叶った状況を強くイメージした上で神様に感謝して参拝します。
これは数年前から流行している「引き寄せの法則」と同じような効果があるのです。
このように過去形の祈願をすると神様があなたにとって相応しい時期に相応しい方法で助けてくれたり願いを叶えてくれるのです。
また全て祈願で願っていた通りにならなくてもかなり近い状態の明るい未来を引き寄せる事が可能です。
私に通信して来た神様によるとこうした正しい参拝をしている参拝者は1割ぐらいだそうです。
残り9割の方は残念な方法で参拝している事になります。
これを読んだ皆様は明日からぜひ実施してみてくださいね。
一人でも多く正しい参拝法で幸せな未来を掴む事をお祈りします。

日光二荒山神社~滝尾神社参拝2

霊泉の場所で休憩しパワーを充電しましたので日光二荒山神社から滝尾神社へ移動しました。
滝尾神社は田心姫命(たごりひめのみこと)を祀っている神社とのことでしたが本当でした。
滝尾神社に行くルートは東照宮の裏側からの滝尾古道を行くルートと日光二荒山神社と徳川家光公の霊廟の間にある坂道の古道を登って歩くルートがあります。
私は今回は山のパワーも充電する為にあえて一番大変な日光二荒山神社の脇の古道を登るルートを選びました。
滝尾神社の付近に小さな駐車場があるのでクルマでも近くまで行けますが大変でも山のパワーがすごいのでパワーを充電する為にもなるべく古道を歩いて参拝しましょう。
このルートは何年か前にある霊能者の方に教えてもらい案内して教えてもらいました。
(その方は現在全国的に人気で素晴らしい霊能力でご活躍されています)
日頃の運動不足もあり途中でバテて2回も立ち止まり水分を補給しながら休憩して歩きました。
この古道には山の霊気が満ちており歩いているうちに地上で身についた穢れが取れて行きます。
次第に身体が軽くなり以後は滝尾神社までかなり歩いてもバテる事はありませんでした。
この道中には役小角(えんのおづの)様を祀るお堂があります。
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役小角(えんのおづの)様は飛鳥時代~奈良時代の日本最強の霊能者で長年修験者から信仰された修験道の象徴のような存在です。
あまりにも古い時代の記録なので空を飛んだとか伝説的な逸話ばかりが残っていますが実際の役小角様は貴族達とも親密であり天皇にも謁見を許されたほどの教養や気品のある霊能者で弟子の韓国連広足(からくにのむらじひろたり)に讒言されて残念ながら伊豆へ流罪になっています。
流罪後は監視の目が緩かったようで自由に行動し近隣の庶民の為に働き呪術を駆使して病を治したり除霊をしたり開運をもたらして人助けをしていたようです。
明治時代の廃物毀釈により国策で神道と仏教、修験道との分離化がなされ残念ながら修験道や行者の役目自体は廃れてしまいましたが密教の僧侶と共に庶民の病を治したり悪霊を除霊して元々は暮らしには必要な存在でした。
9年前から役小角様は他の霊能者から私の指導霊として移動して来て指導霊で除霊やお祓い、呪術を助けていただいています。
現在、私が霊能者として活躍出来るのは役小角様のお陰なのです。
こちらにお参りしていると急にスマートホンに着信がありありがたい事に出張鑑定のご予約をいただきました。
もちろん偶然ではなく役小角様が守っている事を分からせる為のサインなのです。
役小角様に感謝してさらに古道を先に進むと左手に白糸の滝があります。

こちらからは龍神様のパワーを感じます。
風景も美しい滝です。
滝は短時間でもかなりのパワーを充電出来ますよ。
さらに歩くと滝尾神社の入口です。

この先も坂道で足元も不安定なので下半身を痛めている方は誰か介助してもらいながら歩きましょう。
さらに進んで階段を登ると山門が見えます。
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山門を超えて入るとまた霊気のパワーが上がります。
拝殿は閉まっていましたが早速参拝しました。
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霊視すると髪が長くて美しく真ん中に宝石が付いたヘアバントをしている古代の女神様が見えました。
こちらの神社には自然霊の眷属(神社に使えて守っている存在)がたくさん見えますがこの女神様がもっとも力があるようです。
もちろん神様ですから力は万能ですがこちらの神様は縁結びや子宝など女性の願いを叶えるのが得意のようです。
こちらにやっとたどり着けた事を感謝しましてせっかくなので良き伴侶に恵まれるよう祈願しました。
女神様は美しくてニコニコとしている優しい神様で私に茶色に赤い紐がついた綱のような霊的なアイテムを授けてくれました。
これは「縁結びの綱」で自分にも相応しい異性を引きつけますが占いの仕事でも使えるようで恋愛相談でお会いした方にもご縁を引きつけられるみたいです。
最近はパワーストーンの開運グッズも制作してますのでこちらの神様からいただいた霊的なアイテムをヒントに制作してみたいと思います。
拝殿の脇には滝尾稲荷神社もありました。

稲荷様は以前のブログの記事で書いた通り元々はシリウス星の宇宙人です。
五穀豊穣をもたらす物質的な神様なのでこちらでは経済的に豊かになるように祈願しました。
かなり強力に叶えてくれますがお礼参りしないとバチが当たります。
かなり自己主張の強い稲荷様で「必ず叶えるからまた来なさい!」と強いメッセージが来ました。
こちらに参拝した方は必ずお礼参りしましょうね。
さらに川を渡ると子宝をもたらすお社があります。
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子供が欲しい方はお願いしてみてはいかがでしょうか?
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帰りは滝尾古道を歩いて帰りました。
こちらのルートは日光二荒山神社側のルートより勾配がないのでまだ歩きやすいのですが足元は不安定なのでご注意下さい。
日光東照宮の駐車所までは歩いて約20分ぐらいです。
この滝尾神社近隣のパワーはかなり強くて体感上は長野県にある戸隠神社と同じぐらいのパワーがあります。
ぜひ日光に観光に来る方は参拝してみて下さい。
特に若い女性にはお勧めですよ!

日光二荒山神社~滝尾神社参拝1

久しぶりにblogを更新します。
最近霊能力を使う仕事が多くて強力な悪霊や妖怪と対決する機会が多くなりました。
とても霊能力を消耗してパワーが低下ぎみなので地元栃木最強のパワースポットである日光二荒山神社と滝尾神社に行って来ました。
まずは日光二荒山神社から
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パワースポットでパワーを充電するには地理風水でパワーの強い場所に行くのが基本です。
またもう一つのポイントはなるべく訪れる人が少ない場所が条件になります。
あまりにもたくさん人が訪れると良からぬ願い事で波動が乱れたりゴミを捨てて汚したりして穢れてしまい逆にマイナスのバワーを受けてしまうスポットもあります。
今は落ち着きましたが一時整理券を配って大勢の人が並んでいた明治神宮の敷地にある「清正の井戸」がいい例でしょう。
元々は武家屋敷でその後は明治天皇と皇后様がよく散歩していた素晴らしいスポットでしたがここにある井戸の写真を待ち受けにすると幸運になると噂になり多数の人々が押し寄せて連日行列が出来ました。
中には話題の場所に行ってネタにしたいだけの冷やかしの人物も多く私が明治神宮を参拝した時にはドス黒いオーラが周囲から見えたのでその場所から離れました。
ちなみに神社や神宮の拝殿にもたくさんの人々が祈願しますが神職の方達が早朝から清掃したり祝詞を上げたりして清めておりますのでこちらは大丈夫です。
しかしなるべく訪れる人が少ないパワースポットの方が運気を上げるようなパワーは充電出来るのでお勧めです。
まずは日光二荒山神社へ参拝しました。
こちらより日光東照宮のが世界的に有名ですが芸術的な価値は高くてもパワースポットとしては日光二荒山神社のがパワーが強いです。
創建は諸説ありますが767年に勝道上人が二荒山の神を祀る祠を現在の本宮神社のある場所に建てたのが始まりのようです。
当時は神仏習合の時代でさらに山岳信仰も加わりすべての信仰が混在して存在していたようですね。
由緒だと主宰神は大己貴命(おおなむちのみこと)となっておりますが霊視するとこの神様は不在でむしろ龍神様、天狗様、妖精など自然霊が神として人々の願いを叶えています。
滝尾神社に限っては別の神様がいます。
今回は輪王寺、日光東照宮のさらに奥にある本社のみ参拝しました。
日光二荒山神社のエリアは広大で他に本宮神社、中禅寺湖畔に中宮祠、男体山山頂には奥宮がありますがかなり距離が離れていますので今回は時間の関係で割愛しました。
こちらに来る普通の参拝客は拝殿に参拝し夫婦杉や親子杉を拝みおみくじを引いたりお守りを買って帰ってしまいますが日光二荒山神社で一番強いパワースポットはもっと奥にあります。
拝観料を200円払うと霊泉が湧いている泉のある場所に入れます。
このエリアは有料のせいなのか参拝客がかなり減るので波動がいいです。
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こちらの山の湧き水も素晴らしいのですがこの場所は背後の山から流れてくる気の溜まり場なんです。
したがってこちらに来るとかなり効率良くパワーを充電出来ます。
なるべく長く滞在して土地のパワーと水のパワーを充電する為に泉の隣にある東屋でアイスコーヒーをいただきました。
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皆さんもぜひこちらでお茶を飲んでゆっくりしてみて下さい。
さらに上には日光連山の山の神様を一度に参拝出来るスポットもあります。
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こちらも逃さず参拝しましょうね。
足腰が元気になります。
次回は滝尾神社参拝を書きます。

安房神社(小山市)参拝

諸事に追われなかなかブログを更新出来ませんでしたがやっと時間が出来たのでブログを更新します。
今回は近所なのになかなか行けなかった安房神社(小山市)に参拝しました。
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こちらの神社の創建は約2000年前の崇神天皇の時代(紀元前97年~30年)ですが一度衰退し仁徳天皇の時代(373年~399年)に再建されました。
醍醐天皇の命で選定された延喜式の神名帳にも記載がありその当時は阿房神社と呼ばれていました。
平将門の乱の折は俵藤太こと藤原秀郷公がこちらで祈願して戦勝した事から感謝して永世守護神と定め多数の寄進を行いました。
また子孫筋で地元の豪族だった小山氏にも崇拝され保護されていました。
この神社の近くには国道4号線が走っており交通量も多くにぎやかなのですがこの神社近辺の森は静かで霊気が流れています。
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主宰神は千葉県にある安房神社と同じく古事記の天岩戸事件で占いや祭祀を駆使して活躍する天太玉命(あめのふどだまのみこと)様です。
天太玉命様の子孫は忌部氏(いんべうじ)といって奈良県の橿原の地を本拠地として古代では朝廷の祭祀を司る一族でした。
平安時代前期には名を斎部と改め斎部広成(いんべひろなり)という大物が出て「古語拾遺」(こごしゅうい)という古代からの神道祭祀の伝承をまとめた書を編纂し当時の平城天皇に上奏して従五位の位を得て重用されました。
今回こちらの神社を霊視してみると古代衣装を着ている古い神様が現れました。
名前は”粟宮大明神”と呼んで欲しいと言っていました。
こちらの神様は農業にも深い縁があるので粟宮という名前は気に入っているようです。
本当のこの神社の主宰神は天太玉命様の子孫でこの地の開発に力を尽くした忌部一族の人物をこちらに祀ったようです。
神様から授かったメッセージを紹介します。
「日本の物作りがダメになって他の国に追い上げられているのは日本人が物作りの技術に奢り商品開発で保守的になり新しい発想の商品を開発する力を失ったからである」
「どんな事業でも継続して発展していく為に必要な事は毎年新しい試みに挑戦し世の中の人々を便利かつ快適にする為に前年度より役に立つよう継続して努力する事である」
「最近の家電業界などは特に大企業病に掛かっている」
「幹部以下社員同士がつまらない権力争いを内部で繰り返しているから足元を他国に救われている」
「大和の民は本来知恵を出し合い協力して物作りをして発展して来たのである」
「再び大和の心を取り戻し手を携えて世界中の人々が便利に快適になる物作りをしなさい」
「経営効率と自社の利益ばかり計算して物作りをしているから安く生産する他国に負けるのである」
「経営者は常に顧客が便利で快適になるように努力して役に立つようなビジネスを展開しなさい」
「家電業界の誤りは全ての日本企業に当てはまる現象なのである」
以上
神様からのメッセージでした。
補足すると天太玉命様の孫である天富命(あめのとみのみこと)様が忌部一族と共に四国の阿波に渡り麻や穀(かじという紙の材料)などの栽培技術を伝えると同時に神事の儀式や祈祷を伝え栄えました。
天富命様はその後また忌部一族を率いて東国の安房の国に渡り同じように麻や穀(かじ)の栽培技術や神事を伝えて関東一円を開拓しました。
その一族の末裔達が下野の地に祀った神社がこの安房神社なのです。
一般の民衆に信仰が広がった稲荷大明神様とは異なった農業の神でありまた祭祀の神様なので祈願するとまともな願いなら叶える力があります。
また忌部一族には物作りに長けた人物もいたので先に紹介したメッセージのように物作りや産業に詳しい神でもあります。
もちろん縁結びや恋愛成就も叶えるのですがどちらかというと経営者やビジネスマンの方が仕事や事業の成功を願うといいパワーの神社です。
実はこちらの神社の近くで仕事をする機会が多いのですが陰ながら助力して導いてくれていたようです.。
この神社の敷地の外には水神社も祀られています。
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周囲でものすごい量の湧き水が吹き出しているパワーの強いスポットです。
霊視すると白蛇の神様がいました。
弁財天様のような女性の姿ではなく自然霊の白蛇の霊なのでこの神社近辺の土地を守っている神様のようです。
この白蛇様は霊力が強く特に金運をもたらしてくれるようです。
こちらには賽銭箱がないので周囲の池にお賽銭を投げてお詣りしました。
ちなみに金運がついたせいかこちらにお詣りしてから後に7年前~8年前にご利用いただいたお客様から次々と連絡があり不思議と予約が入りました。
なかなかこちらの水神社も御利益があるようです。
経営者やビジネスマンの方は一度参拝してみてはいかがでしょうか?
水神社と合わせてお詣りすればビジネスでの成功や商売繁盛間違いなしです。
アクセス
住所:栃木県小山市粟宮1615
小山駅南口から徒歩約41分
無料駐車場10台ほどあり
参道は国道4号線からこちらの神社が経営している幼稚園の脇を通る東参道と南参道の2箇所の入口があります。
東参道から入った方が分かりやすいです。