天神信仰のお話

新年明けましておめでとうございます。
今年も当ブログをご愛読願います。
今回は天神信仰について書きます。
天神信仰とは菅原道真様を祀った信仰です。
菅原道真様は承和12年6月25日(西暦845年8月1日)生まれの平安時代の貴族であります。
当時は学者、漢詩人としても名高く宇多天皇に重用されて右大臣にまで出世しましたが左大臣藤原時平に謀反の疑いを掛けられて九州大宰府に左遷されてしまいます。
また宇多天皇の後を継いだ醍醐天皇が退位後も政治に口を出す宇多天皇と政治の主導権争いがあった為に宇多天皇派の道真様は疎まれた事もあり当地で無念の生涯を閉じました。
遺体は運搬中に牛が足を止めて動かなくなった現在の大宰府天満宮がある近くの寺に祀られました。
道真様は中国の古典に通じ教養高くして清廉潔白なので不正や賄賂の政治を嫌い天下万民の為の政策を進めて帝を中心とした実力主義の朝廷組織作りや貴族社会の規律を正し悪化していた朝廷の財政改革を進めようとしていたのです。
しかし既に荘園からの収入や通行税などを搾取して毎日遊んで暮らし出世の為には賄賂も横行して才能の無い人物も高位につき腐敗していた都の貴族の大半は道真様を尊敬するも忌み嫌い栄達の為なら不正や賄賂も厭わない藤原時平に多数味方していきます。
ここまではよくある政治の権力争いですが道真様の死後に京の都で異変が次々と起こります。
*908年道真様の左遷を知り内裏に駆け付けた宇多天皇を醍醐天皇に取り次がず待ちぼうけを食らわせた藤原菅根が雷に打たれて死亡
*道真様を讒訴した藤原時平が909年に39才で死亡
*913年道真様追放に加担しその後右大臣の職についた源光が狩猟中に沼に落ちて死亡。
遺体は沼から上がらなかった。
*道真様を大宰府に左遷した醍醐天皇の皇子保明親王が923年に死亡
*保明親王の息子慶頼王が925年に死亡
*930年の朝議中(今で言えば国会の開催中)の清涼殿が落雷を受けて大納言藤原清貴、平希世死亡ほか朝廷要人に多数の死傷者が出る。この事件を目撃した醍醐天皇も怯えて衰弱し3か月後に死亡
この一連の災いや事件を朝廷は道真様の祟りだと恐れます。
朝廷は慌てて左遷前に剥奪した道真様の官職を戻したり寺社で加持祈祷をしますが依然として不吉な事件が続いた為に北野に元々祭られていた火雷天神様の祠があった場所に北野天満宮を建立して怒りを鎮めます。
ここから全国に天神信仰が広がっていきます。
道真様は学問の才に恵まれていたために信仰が全国に広がり時が経つにつれて学問の神となり現在では受験生のお詣りで有名です。
さて歴史の真実を解き明かすと道真様はご自身が怨霊になっていたわけではありません。
実は朝敵を調伏する為に研究していた呪詛の技を流罪になった九州で自分を陥れた都の貴族に掛けていたのです。
その中には自らも早死にするはずの禁断の呪詛も掛けていました。
都で官職についていた頃は清廉潔白でいくら側近がすすめてもライバルの藤原時平に一切呪詛を掛けなかった道真様は九州で左遷前に自らが寺社で呪詛され調伏された事を都から訪ねてきた知人から知り反撃したのです。
祭壇が組まれ三日間徹夜で道真様が倒れるまで行われた呪詛の祈祷はすさまじく一週間後に道真様は亡くなります。
間もなく都で前述した数々の異変が起きるのでした。
さて道真様の禁断の呪詛とは火雷天神様と一体になるものでした。

火雷天神様とは元々大和の島々を海から火山の噴火により出現させた国造りの神であり今の北野天満宮のある場所に祀られていました。
この呪詛で火雷天神様と一体になれば激しい暑さと痺れる電撃で術を掛けた本人の肉体は滅び死にますがその代わり自らの思うがままに火や雷を操る事が出来ます。
それゆえにライバルの藤原時平以下に対して次々と天罰を下し自らも火雷天神と一体化して菅原天神となりました。
道真様が天罰を下したのは個人的な私怨ではなく都の政治の乱れを正したかったようです。
あれほど恐れられた道真様の魂でしたが現在は学者の霊団を率いる神々の一神です。
昨年から大きく騒がれ問題になった理研のSTAP細胞の不正事件が露見した背景には清廉な道真様が暴露するように霊界から働きかけていたようです。
この事件の真相は伏せますが一時的に信用は落ちても日本の化学が功名心や利権で汚染されるのを防いだ道真様のご活躍は大変素晴らしいと思います。
このような強力な神様なのでぜひ皆様のお近くの天満宮にお詣りするようにお勧めいたします。
以前、栃木小山の須賀神社の末社の天満宮でも道真様の霊団に所属する学者グループの神々が現れましたが大宰府天満宮、北野天満宮、湯島天神などでなくてもご近所の天満宮で願いは通じるようです。
学問の祈願だけでなく悪に負けそうなときや不正な輩に潰されそうなときもお願いすると火雷天神様と菅原天神様の御利益で悪や不正に打ち勝てる力を授かるようです。

「天神信仰のお話」への6件のフィードバック

  1. SECRET: 0
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    更新楽しみにしておりました。内容が今年の私のキーワードなので、とても奥深く感慨深い内容でした。小山の須賀神社の末社の天満宮はどこにありますか?今年は転職の為、学校に二年間通うので受験を秋頃に控えております。努力は勿論、神様のお力にもあやかりたいので宇都宮、若しくは栃木県内での天満宮、又は学問の神様が祀られている神社を教えてくださいm(__)m

  2. SECRET: 0
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    キャロさんコメントありがとうございます。
    小山須賀神社の末社にある天満宮は本殿の裏側にあり神社を正面から見て左手の奥にあります。
    天満宮は各地にたくさんありますが宇都宮近辺でしたら芳賀郡芳賀町西水沼にある天満宮がお薦めです。
    規模はやや小さめですが鎌倉時代からある由緒正しき天満宮です。
    また天満宮とは直接関係ありませんが学問の神様なら二宮尊徳を祀っている報徳二宮神社もお薦めです。
    こちらは日光市今市にあります。
    天満宮に参拝するときは道真様だけでなく火雷天神様にもご加護をお祈りして下さいね。
    最近忘れられてる神様ですがものすごくパワーが付いて活動的になれます。

  3. SECRET: 0
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    お返事ありがとうございます。芳賀の天満宮が近いのでお参りしてきたいと思います。火雷天神様にも必ず手をあわせてきたいと思います。

  4. SECRET: 0
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    色々blog内容がためになり面白いです!
    近畿でおすすめの神社はどこになりますか?

  5. SECRET: 0
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    >通りすがりさん
    近畿圏内はここで書き切れないほどたくさんパワースポットがありますね?
    以前大阪に住んでいたので近畿圏の土地勘はありますがあのエリアのパワースポットは現地で検証してからお勧めしたいと思います。
    あの辺は神様になりすました妖怪なども多いので迂闊に参拝を勧めるとマイナスパワーを浴びてしまいます。
    旅行を兼ねて現地で検証してからまたこちらのブログにてご紹介したいと思いますのでお楽しみに!

  6. SECRET: 0
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    神になりすました妖怪ですか!?
    それはびっくりですね
    blogの更新記事楽しみにしてます

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